あたかもポスター画として描かれたような 
~作品単体ジャケットについて~

 映画興行としてはもう成り立たないスタイルだろうが、4作品が仮にリバイバル公開されると考えたとき、そうなれば石井の絵が前面に出される可能性はあるだろう。『死んでもいい』(1992)や『夜がまた来る』(1994)、『黒の天使vol.2』(1999)といった先行する作品のスタイルにのっとり、ポスターが石井の筆で染まっても良いのだし、その方が強力にアピールするようにも思えるが、これまでずっと石井世界を見つめていながら、さすがにそれに対する具体的なイメージを湧かせたことは一度もなかった。今回の企画はまったく虚を衝かれたところがある。

 添え物のジャケット画ではなく「ポスター画」として見るところからスタートし直し、そういう目線で各々の絵を見つめていけば、そこに脚本家としての、また、観客としての石井隆の視点や祈りのようなものが浮ぶところもあって、たいへんに面白く、そして感慨深い点が数多く認められた。

ジャケット用イラスト

※ジャケット写真は検討用デザイン(実際に発売されるデザインとは一部異なります)
© 日活株式会社

魂の拘束と身体の束縛の相乗
~『天使のはらわた 赤い教室』(1979)~

 この4本の『天使のはらわた』はサバイバーの物語であるのだが、壮烈な死闘をさらに越えた境地、おんなたちの精神世界がそれぞれの絵に描かれていると読み解くことも可能だ。ボックス画にあった路地に草が茂り、背景には高層ビルが壁となって塞ぐような具合に「長い時間」が凝縮されたものと捉え直せば、物語直後のそれぞれの後日譚というより三十余年を経た“今このとき”の心根が描かれている。

 もしもそうだとすれば、この『赤い教室』のおんなはあまりに哀しく、あまりに残酷な絵柄と言えるだろう。煉獄に今なお囚われているのが明らかだ。わたしたちは曽根中生の奇妙な発言から物語の終局にばかりピントを合わせがちだし、実際、後段のすれ違いに重心を置いたメロドラマとして映画も作られてしまったのだけれど、おんなの自由を奪いこころに鎖をかけているのは何よりフィルムの存在であって、そればかりを今もこのように振り返っているのが石井隆の脳裏にて生き続ける『赤い教室』の名美だとしたら、何というかもはや言葉が出て来ない。肌が粟立ち、総毛立つ思いしかない。38年の歳月を経たあの名美が、今もこうして黒々と淀んでいる。

 思えば石井の描く世界というのは、実にそのような魂の拘束と身体の束縛の相乗の景色であった訳である。『赤い教室』のポスター画をもしも石井が本気で描くとしたら、確かにこうなって当然かもしれない。上半身をはだけて艶然と微笑む女優の姿を宣伝ポスターにしたのは、思えば物語空間への完全な裏切りであった。フィルム上に小さな名美の像があり、その髪の毛がひゅるひゅると伸びて拘束具さながらに現実のおんなの腕にからんでいる辺りも凄惨としか言いようがない。

 面白くも怖しく、また、石井らしいユーモア溢れる描写と思ったのは、8ミリ映写機の脇にいる男の影の輪郭がペニス形状になっており、それを現実のおんなが左手でつまんでいるその構図と皺の寄り具合だ。フィルム上でのおのれの尻に加えられた指先のひねりが妄想上でそっくり再現されている。悲しいけれど可笑しく、可笑しいけれど悲しい、石井世界のそういう両面性が加味されている。

 こうしてそれぞれを鑑賞して思うのはこの連作が劇画の再現に止まらず、「実話とマンガ」誌での絵物語やSM誌の扉絵、それに「死場処」(1973)とも見事に連結しており、石井隆の絵画潮流の確かな系譜に位置付けられる労作ということである。私のような重症のファンには嬉しい贈り物となった。息を止めないと引けない線も数多かったはずで、実際石井は生命を縮めてこれら数枚の絵画を仕上げたかもしれない。せめて私たちも静かに息をひそめ、いのちの焔(ほむら)を意識しつつ対面すべきだろう。


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~『天使のはらわた 名美』(1979)~

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