1946年、仙台市出身。早稲田大学商学部卒。子供の頃から油彩画を描く映画少年で、将来は映画監督か画家を志望。高校時代に愛読していた映画雑誌『映画芸術』で知った早大映画研究会に入るために早大入学、アルバイトで日活末期、ダイニチの『涙でいいの』(1969)の撮影現場で監督助手を体験するも日活撮影所のセットの土埃で持病の喘息が悪化、一日現場を休んだのを苦にし、また騒乱の時代に悩み、映画の道を断念、直後に小学校時代の初恋の女性と結婚、在学中から生活のために三流雑誌の雑文書きのアルバイトをする中、画力を活かして、落ちた原稿のピンチヒッターとして描いた8ページの劇画に他誌から注文が舞い込み、いつしか劇画が生活の糧に。大学卒業の3年後には、従来描かれてきた女性像をパラダイムシフトさせたエポックとして劇画界に衝撃を与えることになる“名美”を主人公にした『天使のはらわた』(「ヤングコミック」(1977)を発表。劇画家・石井隆誕生の瞬間だ。その細密描写と映画的連続描写、構図、時代に対峙した独特の女性観は、当時の学生たちの支持のみならず、数多くの文化人、評論家たちの評論の対象となり(『石井隆の世界』1979・新評社はじめ多数)、これを機に石井隆の名は一躍時代を代表する作家として広く世に知られ、現在に至る“石井ワールド”に繋がっていく。
そんな話題性をいち早く掬い取る行為として現れたのが、『天使のはらわた』(1978)の映画化だった。同作には先ず東映から映画化のオファーがあり、三日後ににっかつロマンポルノからオファーがあった。東映は子供の頃からの大ファンだったが、ロマンポルノに関しては、当時、担当編集者から自作の劇画と良く似たシーンが一杯ある映画という認識しかなかった。しかし、“最初期の頃からの劇画やイラストのファンです”というにっかつの若い企画担当者の熱意にほだされてにっかつに決定。『天使のはらわた』シリーズは当時、多種多様な才能をロマンポルノという形で昇華させていたにっかつのひとつの看板作品となり、2作目の大ヒット作『天使のはらわた・赤い教室』では石井隆自身が脚本家としてデビュー。以降、劇画家として活躍するかたわら、多数のシナリオを執筆し、10年後の1988年には『天使のはらわた・赤い眩暈』で少年の頃からの夢だった映画監督デビューを果たす。北野武をはじめ、今でこそ当たり前になっている異業種監督だが、徒弟制度で助監督から監督に進む道しか無かった映画界では“いきなりの監督”という当時は非常に珍しい存在であり、それ故に現場での風当たりやスタッフとの軋轢も強く、孤立を強いられながら完成させ、結果、“扱い辛い監督”として多くの伝説を残すことになったという。
以降、一般作デビューとなった『死んでもいい』(1992)『ヌードの夜』(1993)『GONIN』(1995)など、映画界はこの異端の新しい才能の誕生に涌き、国内外の映画祭に招待され、受賞した記録を持つ。特に初のメジャー配給作品となったオールスターアクション映画『GONIN』は、その際立った演出で国内では“日本のアクション映画を変えた作品”、海外では、後のハリウッドや韓国、香港ではいくつものエピゴーネンを生むほどのインパクトで登場。コッポラおよびウエイン・ワン監督(『スモーク』)がアジア六カ国から若手監督一人ずつを選んで競作するプロジェクト『クロームドラゴン』では日本の代表監督としてオファーを受け、さらにスティーブン・ソダーバーグからは松竹を通して『GONIN』のハリウッドリメイクの要望が届いた。松竹の体制の急激な変化のためそれぞれのプロジェクトは未成立に終わったが、国を越えたリメイクの話題が多々ある中、エンタテインメントアクションの本場・ハリウッドが、敢えて日本のアクション映画に注目したという点で、日本映画のワールドワイド展開の新たな可能性として日本映画史の記憶に残るエピソードと言える。これらの動向からも顕著なように特に海外では、その斬新でスタイリッシュな映像美とアクション、ドラマツルギーの巧みな融合を実現した鬼才として高い評価を得る石井隆。タランティーノが注目する日本映画監督のひとりとしてその名を上げるのも、『GONIN』以降に製作されたノワールへのリスペクトを象徴する事例として付記しておく。
1997年には制作プロダクション(有)ファムファタルを設立。『黒の天使vol.1』『vol.2』、『フリーズ・ミー』『花と蛇』『花と蛇2パリ/静子』『人が人を愛する事のどうしようもなさ』『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』を製作協力。『花と蛇』シリーズ2作は、団鬼六の異形の世界をウェブ上のポルノサイトで見るギャラリーツアーに擬して、HDカメラ2台のデジタル映像を万華鏡のように展開させ、日本中の週刊誌が何週にもわたって袋とじで取り上げる世に言う“ハナヘビ現象”を巻き起こすと同時に、SMポルノ映画への偏見に対峙した怪作として大ヒット、東映のビデオ販売の歴史を塗り替え、エロスブームの火付け役的影響力を持ったことも記憶に新しい。2013年に連作された『フィギュアなあなた』『甘い鞭』にて独自の映画的世界観はますます強度を増していくが、最新作『GONIN サーガ』では前作から19年の間に紡がれる因縁を苛烈なほどのハードボイルド・バイオレンスに昇華させ、より一層の異彩を放つ。